壁を納める左官
今回、取材に伺ったのは店頭やオフィスではなく施工中の現場、愛知の有松。
有松絞りという伝統工芸の産地で、古き日本の面影が残る街でした。
その風情ある街で古くに創業したうどん屋さんがある。
今回お話を伺ったのは、そこの壁の修理を請負っていた『左官』という土壁の納める職人である松木一真さん。
三重の四日市に位置する蒼築舎株式会社、代表の松木憲司さまの息子さんです。
職人の方から話を伺うとあって緊張していましたが、そんな不安を吹き飛ばす程の気さくな方で、心の中でホッとしていました。笑
「お父さんが左官をやっていて自分も。周りもそういう子が多いんです。逆に、ゆかりの無い子が“やってみよう”ってなかなか思わないかも。やっぱ知られてない仕事なもんで」
「左官の仕事を見たことなければ、“左官ってなんや”ってなると思うんです。左官というのは建物の土壁を納める職人で、土や漆喰を塗っていって壁を作っていくんです」
ただ、最近はコンクリートや外構(庭とか)のようなセメント・モルタル関係のものをメインにやる所が多く、蒼築舎のように伝統技術としての土壁を手掛ける左官の方がかなり少なくなっているという。
「新潟での修行期間に、自分もコンクリートを手掛けたけど、土壁の方が楽しいわな。どうしても、コンクリートだと工業的になってくるというか」
「でも、僕らの仕事は目で見て、仕上げてあるのが分かるんですよ。下地屋さんではなく、化粧屋さん。そりゃ仕上げをしている方が楽しいですよ」
実際、コンクリートの場合は、上に板や塗装がなされてしまうものが多いのだとか。
「で、しかも現場によって仕上げ方も違いますし、今回やと漆喰で仕上げる所もあれば土で仕上げるとかもある」
「サンプルに無いものも作ったりするもんで、僕らがサンプルを提案して“その壁いいですね”って言ってもらわなきゃいけないんですけど、それはもう楽しいですね。笑」
「その分、逆に難しいですけどやりがいもある」
松木さんは『左官』の道に入って、9年目になる。新潟の左官学校に通った後、5年修行。蒼築舎では4年目。そのくらいすれば大体の事が分かるかと言われれば、そうでもないようです。
「やっと分かってきたなーって感じ。塗ろうと思えば、たぶん3年で塗れる。けどやっぱ、理解するには知識と経験と技術が必要な仕事。技術だけでは、できやん所がどうしてもあるもんで」
「自分もまだまだ知らん事がいっぱいあるし。僕らが“一人前になろ”と思ったら、まず10年とかかけて“やっと一通りやったかな”ってくらい」
10年をかけ、そこから更にスキルの差、仕上げ方の違い、材料の違いが出てくるという。一つの事に黙々と打ち込むのではなく、色んなことをしていくのでそれなりに時間がかかるようです。
そんなコトもあり、職人の方々によって得意なものがあったりもするのだとか。
「漆喰の仕上げがずば抜けてうまい人もおれば、うちの親父のように“大津磨き”っていう磨きの技法を卓越した人もおる。やっぱ、その人の持ち味みたいなのが最終的には出てくる。経験してきたものによって変わってくるんやなーって」
(大津磨きによるの施工)
「職人の間でも違いがあるんですけど、地域性も凄いんですよ。今は流通がすごいけど、昔に家を作ろうと思っても遠くから材料を持ってこれなくて、絶対近くの土や竹を使ってたもんで、あるもので作ってるだけあって、場所によってやり方も全然違ったりする」
例えば新潟では、壁を作る時の最初に骨組みとして、竹の代わりに別の植物を2本束ねて竹の代わりに使っていたのだそうです。
地域や職人によっては、竹の編み方、塗る順番、材料の調合の比率が漆喰1:砂1なのか砂を1.5にしてみるのか。他にも色々な所でやり方に違いがみられるという。
「寒い地域だと調合がまた違ったり、“自分はこの方がいい”とかいうこだわりもあったり、自分が知らないことを知れるのは、この仕事の面白さの一つやね」
「今、塗ってた漆喰も初めて見た時は“この黄色いの、何塗ってるんや?”と思ったし。塗ってるのは、土佐漆喰って言って、漆喰を作る工程で稲を入れて発酵させて、あの色を出してる」
(コテと材料)
こうした壁に対して、こだわる文化は日本独特なものだそうで、西洋建築のそれとは大きく違うという。
「日本の建物は水平、垂直でカチッと納めるというか。だから壁も必然的に綺麗だもんね。これが海外に行くと、積み上げる文化やで塗り壁はでこぼこって感じやね。全然、概念が当てはまらんくらい」
「建築に関しては海外も凄い技術はあるけど、『左官』に関しての日本の技術は世界から見てもなかなかのスキルを持った仕事にある。向こうの人たちは“この土をどうやって綺麗にぬっているんだろう”って勉強にきたりしてるし」
(石膏の蛇腹と呼ばれる施工)
そんな海外からも評価される『左官』も、今の日本では遠い存在になってきているのだとか。
「今、家の建て方が簡単になってきてる。工場で作ってプラモデルのように建てれる家もあるし」
「そりゃ、きちっとした木造建築って言ったら、大工さんを雇うから時間もかかりますし、基礎から作ることになる。そうした時、きちっとしたものは“高いもの”になってしまう」
壁に関しても、布やビニールを素材としたクロスというものが出回り、土壁が追いやられている現状がある。
「そういう壁も改良されていってるけど、やっぱ日本の気候にあってないかなとは思います。シックハウスのような問題もあるし」
「日本ってすごい湿度で、ビニールのものを壁に貼られると水をまったく吸わなくなる。土は性質として、湿度が多すぎると吸って、少ないと放出する」
こうした衛生的な問題だけでなく、洪水や台風に対しても土壁に利点がある。
土壁は剥がれれば、また塗る事で補修することができる。一方で、一般の住宅はそれができない。
壁の中に使われる石膏ボードという素材が水に弱く、ビニールを挟んでいるといえども、どうなっているか分からない。
松木さんによると、床上浸水して水面が壁に当たっていれば石膏の性質上、衝撃を与えてズボンっと抜けてもおかしくないのだとか。
住宅としての利点以外に、こんなことも話してくれた。
「僕らは一枚壁で、ほんとに一面に作っていく。今の住宅の壁はパネルで目地があって、何処か味気がないと思う」
「たぶん、人間はまっすぐ過ぎるものにあまり心を惹かれないと思う。木にしても、まっすぐに見えてまっすぐじゃない。でも、まっすぐに見える。変な話、ちょっと曲がってても目になじみがいいからやろな」
「目で見て、優しいと感じるか。たぶん、精密にきちっとすると“なんかキツイな”って感じると思うんよ。左官の壁は、“精密か?”と言われたら、機械ほどそこまでではない。でも、どことなく深い」
壁を納めるのに求められるものは、持っているスキルが5割、材料を作るときの丁寧さが3割、あと道具などが2割。もちろん、それらは前提に知識があってのこと。
(材料に使われる土と砂)
“うまくいったな”と思える時はその全部が上手くいっているときなんだとか。
「全部がガチっときて、それが一番うれしい瞬間。“上手く”っていう考え方も変わってきたかもしれん。“自分が上手くなったな”じゃなくて、“壁が上手く納まったな”っていう方に変わったんやないかな」
「“材料はこうしよう”、“入るタイミングはこうしよう”って。で、全部を納めて“あーなんとかなったー”って。でもこれまで仕上げてきたもの、自分では良くて70点くらいかなって思ってる」
「あの時にこうすればよかったとか、反省がちょいちょいあるんよ。親父と仕事した時、自分と親父の壁を見比べたら、一応納まってはおるんやけど、やっぱ向こうの方がいいなって思うし。まだまだ満足はできやんかなって」
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